松下電器産業が10月1日付で「パナソニック」に社名変更し、商品・企業ブランドを統一する。
「グローバル市場で成長するためにどうしても必要」(大坪文雄社長)とし、成長戦略の軸足を海外に置く姿勢を鮮明にする。創業者・松下幸之助氏のイメージが強い国内と違い、海外ではブランドと社名が違うデメリットが顕著だった。松下は韓国サムスン電子やソニーより海外展開が遅れている。国内市場が成熟化するなか、海外戦略加速を迫られた格好だ。

「創業90周年を機に、パナソニックという社名に変わることを決意した」。10日夕、大阪府枚方市で開いた2008年度の経営方針説明会。大坪社長は顔を紅潮させながら社名変更を発表した。
1918年の創業以来使ってきた、松下幸之助氏の名前を社名から外す大きな決断。だが大坪社長は06年の就任以降、ブランドと社名が違うことを気にかけていた。
国内では冷蔵庫など白物家電は「ナショナル」、AV(音響・映像)機器などは「パナソニック」を使っている。海外では全製品に「パナソニック」を付けているが、社名を含めると三つの名前が混在。
国際的なブランド力や知名度を高めるうえで障害になっていた。
大坪社長はブランドと社名が同じ他のグローバル企業に比べ、松下の企業価値は低く見られがちとみていた。
例えば松下の連結売上高はサムスンを2兆円上回るが、株式の時価総額は10日時点で約5兆3千億円と6割程度の水準だ。
市場成熟化とデジタル製品の価格急騰などを背景に、国内電機業界ではグローバル市場で戦う為の再編が本格化している。松下にとっても成長持続の為には海外事業の強化が不可欠。社名変更とブランド戦略の見直しはその一環だ。
松下は09年に連結売上高10兆円(06年度は9兆円強)との目標を掲げるが、現時点の海外販売比率は5割程度で、7割を上回るソニーや8割超のサムスンに比べ低い。米国の薄型テレビ市場ではシャープやソニー、サムスンが上位にいるのに対し、松下はシェア5位にも入っていない。松下は1925年から使用している「ナショナル」を09年度までに廃止、「パナソニック」ブランドに統一して新興国を含めた海外市場で攻勢をかける。
大坪社長は「(創業者の名前という)ノスタルジーより成長の可能性を取るべきだ」と、昨年秋に若手社員のチームに社名変更の検討を指示。昨年12月には創業家出身の松下正治・取締役相談役名誉会長、松下正幸・副会長に直接説明し、「その場で松下の大きな発展になると賛意を得た」という。
二人の持ち株比率は合計で1%に満たないが、社名変更にあたっては細心の注意を払った。
松下は中村邦夫前社長(現会長)時代に抜本的な経営改革に着手。上場していた松下通信工業などの全額出資子会社化のほか、幸之助氏が導入した「事業部制」の廃止にも踏み切り、業績回復の足がかりとした。社名変更は中村改革の総仕上げと位置づけられ、さらに世界市場でライバル勢を追撃するという意志表示ともいえる。
「社名は変えるが経営理念が風化しないようにこれまで以上に力を入れる」(大坪社長)。
“経営の神様”幸之助氏のDNAを受け継ぎつつ、真のグローバル企業に脱皮できるか。大坪社長ら経営陣の真価が今後問われる。
| 松下電器産業、ソニー、韓国サムスンの比較 |
|
Panasonic |
SONY |
SAMSUNG |
| 連結売上高(海外比率) |
9兆1081億円(49%) |
8兆2956億円(74%) |
7兆767億円(82%) |
| 従業員数 |
約32万8000人 |
約16万3000人 |
約13万8000人 |
| 連結営業利益 |
4595億円 |
717億円 |
8320億円 |
| 時価総額(10日時点) |
約5兆3000億円 |
約6兆1500億円 |
約8兆8700億円 |
松下電器産業の社名変更は、これからの同社にとって二つの意味がある。一つはグローバル企業として成長を図るという宣言だ。もう一つは「松下さんの会社」からの完全な脱皮である。
成功体験足かせ社名をカタカナのブランドに合わせて変えること自体は今更の話である。ライバルのソニーと比べてみればわかる。最も日本的な企業の代表である松下だから大きな意味がある。
同社は中村邦夫前社長が改革を断行するまで業績が長期低落傾向をたどっていた。創業者・松下幸之助氏による高度成長期の成功体験がしがらみとなり、方向転換を防げていたためだ。
社名変更は昔から懸案だった。30年ほど前に大抜擢で山下俊彦社長が就任して、大量生産大量販売方式からの脱皮が模索されたころからともいえる。「Pana」という案も非公式に浮かんだこともある。
しかし、改革がたびたび挫折し、単なる名称変更は見送られてきた。大坪文雄社長が決断したのは、ようやく「真のグローバル企業に挑戦する」といえる態勢が整ったからである。経営のテーマが中村時代の「破壊と創造」から「再生から成長へ」に移り、立ち遅れていたブランド戦略の再構築が急務になった。社名変更とブランド統一は、大坪社長に変わる前から布石を周到に打ってきた。時間を掛けたのは、幸之助氏が決めたことは変えてはならないという神話が、社内や取引先などに残っている間は混乱する恐れがあるからだ。その象徴に擬せられたのが松下家であり、松下正治・取締役相談役名誉会長、松下正幸・副会長の存在である。
消えた松下神話正幸氏は「パナソニック」をグローバルブランドに位置づけたころから「社名やブランドの変更にこだわらない」といっていた。とはいえ幸之助氏の死後、松下家を代表する正治氏を無視するわけにはいかなかった。
だが、中村、大坪二代で松下の経営は大きく変わり、松下経営理念は守られたが松下神話は消えた。
創業家へのいわゆる大政奉還も考えられなくなった。これからは「松下さんの会社」から脱皮し「パナソニック」を旗印にした方が、外国人社員を含めて全体の求心力を高められる。
もっとも利益水準などは海外の優良企業と比べ周回遅れといわざるを得ない。構造改革からブランド戦略強化へと駒を進め、やっと同じ土俵に上がれるようになったばかりだ。
少子化で国内市場が縮むなか、松下は世界市場を視野におき、リストラで積上げた余裕資金を次の成長にどう投じるかが問われている。これは日本企業の多くと共通する課題でもある。